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柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~
人気作家・柚木麻子さんが昭和の料理研究家・小林カツ代さんを語る食エッセイ。映画「ジュリー&ジュリア」ばりに往年のカツ代さんレシピを作り、奮闘します。コロナ禍ですっかり料理嫌いになった柚木さんが、辿り着く先はーー?

大変すぎてはいでき上りじゃない。13時間かかる伊丹十三・超大作コンソメスープ作ってみた【柚木麻子連載】

2024.09.28

「伊丹コンソメ」「キャラウェイシードとサワークリームのポテサ」「トマトソーススパゲッティ」「クレソンだけのサラダ」「メロン生ハム」

第17回 約13時間かけ、伊丹十三のあの超大作コンソメスープを作ってみた。


のっけから小林カツ代さんに関係ない話で申し訳ないのだが、現在我が家では空前の伊丹十三ブームがおきている。

きっかけとなったのは、仕事で松山を訪れた時、評判をきいて、伊丹十三記念館に行ったことだ(館長は宮本信子さん!)。
そこには伊丹さんが小さい頃に描いた絵から愛用品まで展示されていていた。とりわけ伊丹さんのプライベートでのキッチン再現には引き込まれた。旅を終え、私は、自分も観たいがために夫に「伊丹十三 FILM COLLECTION Blu-ray box」(東宝)をプレゼントする。
ちなみに私が小学生の頃、伊丹十三作品は、地上波でバンバン流れていた。暴力や性描写に若干引きつつ、伊東四朗や津川雅彦の顔の演技がすこぶる愉快で、家族みんなで観ていた記憶がある。
伊丹さんの死後は、どうやらプロダクションの意向でもあるらしく、放送はもちろん配信にさえもかからない。
しかし、こうして2024年の感覚であらためて観直してみると、倫理観をもって社会問題をきっちり描きながら、エンタメとしてワクワクさせてくれ、監督本人の生活全般への美意識も光り、なによりもパートナーの宮本信子さんにヒーロー役を演じさせ、当時の男社会に突風を吹かせているところがすごくいい!
とりわけ、「ミンボーの女」にどハマりした(暴力団と老舗ホテルの攻防を描いたこの作品のみ、なぜか親に観せてもらえなかった)。この夏は、ロケ地である、長崎のハウステンボスにある「ホテルヨーロッパ」に家族で聖地巡礼したのである。

周囲のアラフォーも伊丹作品をもう一度観たいけど、DVD再生機器がない! という人が多く、みんなで我が家で観賞会をしたりしているうちに、なんとなく私の半径1メートル内で伊丹作品が話題になることが増えた。その流れで伊丹十三にめちゃくちゃくわしいとあるお客様が、はじめて我が家にやってくることになった。

これはあの料理を作るチャンス到来である。そう、伊丹十三著『フランス料理を私と』(文藝春秋87年刊)にでてくる約13時間かかる超大作コンソメスープである。
本の趣旨を説明すると、伊丹十三がさまざまな対談相手のために、辻調理師専門学校の指導のもと、フランス料理のフルコースを自分で作り、振る舞いながら文学から哲学まで語り尽くすというもの。このコンソメは、最後に登場するドイツ文学者の種村季弘さんのために、伊丹さんがなにか記念品的なものを作りたいと、とんでもない材料費と情熱で作り上げた、琥珀色のスープである。
10時間かけて、スネ肉、鶏ガラ、丸鶏、牛の骨、人参、玉ねぎ、セロリでブイヨンをとり、濾す。そのブイヨンに、イチボ肉のミンチ、野菜、トマトペースト、卵の白身などをくわえて、とろ火で1時間半。白身がアクを抱きこんで、汚い上澄みの下のスープは澄んでいく。これをガーゼで濾して、表面の脂を和紙ですいとれば、はいできあがり!

大変すぎて、はいできあがりじゃないよ!

グルメエンタメ好きは気づいているのではないかと思うが、このコンソメ、槇村さとるさんの『おいしい関係』(集英社)で主人公、藤原百恵が習うコンソメに作り方がそっくりである。槇村さとるさんがこの本を参考にしたというより、辻調理師専門学校が監修したのかもしれないし、クラシックな超王道レシピとなると、全部だいたい同じになるのかもしれない。ちなみに中山美穂主演のドラマ版は、原作といろいろ違いすぎるのだが、コンソメシーンはほぼ忠実に再現されている。私は中3の時、ドラマから入って漫画にはまり、母に手伝わせ、同じやり方でコンソメを作ったことがある。ただし、ブイヨンは、固形スープのもとを使った。伊丹さんは、このブイヨンからかなりお金をかけて作るのである。

本来は水30リットルからのスタートだが、私は全部のレシピを10分の1で作ることにした。鶏ガラ20羽分なんて、どう考えてもうちの鍋には入らない。苦労したのは、牛の骨である。スーパーはもちろん今や肉屋でも扱いがない。しかし、昨今の韓国料理ブームのおかげで、コムタンスープ用の骨ならネットですぐに見つかった。そういえば、お菓子を焼くのが好きな友達が、スパイスカレーブームのおかげで、小分けされた珍しいスパイスが安価で買えることを喜んでいたが、流行の力は関係ない場所を案外救ったりするのである。
かき集めた素材を火にかけ、時々アクをすくいながら待つこと10時間。工程自体はそこまで大変ではないが、まったく外に出掛けられない。重い鍋をザルにあけたら、お肉の香りがしっかり移った無塩なのにおいしいスープができた。これがコンソメになったら本当にすごそう(出汁をとった牛肉や鶏肉に関してはとくに言及はなかった。もったいないので、ジップロックに入れてオリーブオイルと塩でチビチビと3日くらいかけて食べ終える)。
ブイヨンが冷めたのでいよいよコンソメ作り。伊丹さん同様、イチボ肉はステーキ用を買い、ぜいたくに包丁で叩いて、セルフミンチにする。とうに予算は上限をぶっちぎっているが、さすがに美しい肉をメタメタに刻んでいると、だんだん不安になってくる。
高級ミンチを野菜やトマトペーストや白身とぐちゃぐちゃ混ぜて、ブイヨンを注ぎ、弱火にかけ、汚い上澄みが浮き上がってきたら、穴を開けて湯気を逃してやる。肉のトンネルからのぞく澄んだスープに期待が高まる。そして1時間半後、ガーゼで濾したら、見惚れるような琥珀色がようやく現れた。とっくに深夜になっていて、和紙を使って脂をとりながら、私はなにをやっているのか? とふと我にかえる。
 さて、こうして迎えた伊丹サマーパーティー当日。他のメニューは伊丹十三が翻訳した、アメリカのじゃがいもレシピ本、マーナ・デイヴィス著『ポテト・ブック』(河出書房新社)から、「田舎風の夕食」というキャラウェイシードとサワークリームのポテサラ、伊丹十三のエッセイ『女たちよ!』(新潮社)から、アルデンテになみなみならぬこだわりあふれる、トマトソーススパゲッティとクレソンだけのサラダ、当時はめちゃくちゃおしゃれだったと予想されるメロン生ハムなどを再現した。
なんといっても、冷やした伊丹コンソメが、食欲をそそり、暑い日でも一口で気力がみなぎる。とはいえ、お金と時間がかかっていることを知っている私が一番おいしくいただいたかもしれない。
しかし、この一日で、私は伊丹十三を前よりちょっとわかった気がする。高い美意識をもった、とんでもない凝り性の完璧主義者。だけど、なんでも楽しめる柔軟な人でもあったのではないか。映画に出演した田嶋陽子さんら、演技のプロでない人たちに優しかったのも納得だ。この工程はなんでも楽しめるタイプじゃないとやってみようとは思わないのではないか。

さて、ここまで付き合わせて、なに!? という感じだとおもうが、ここで小林カツ代さん版のコンソメスープを紹介したい。
このスープは、ケンタウさんが風邪の治りかけの時にいつも飲みたいと、ねだったものだそうだ。だいたい冷蔵庫にありそうなものと牛モモ肉だけで作る。カツ代さんいわく「モナリザの微笑み状態」で火にかけることたった2時間。全身に滋養が染み渡り、ため息の出るおいしさ。
もちろん伊丹コンソメの方が迫力があるが、似た風味と奥行きがある。カツ代さんなら当然王道の味も知っているので、ミニマムな工程で最大限、そっちにも近づけている。そしてこれがかなり大きな加点対象なのだが、カツ代さんは出汁に使った牛肉でもう一品、ボイルドビーフを作っている。これが実においしかった。勝ち負けの話ではまったくないが、また作るなら私はたぶんカツ代コンソメの方で、もしかしてこんな風にして、カツ代さんは「料理の鉄人」で、陳建一に勝利したのではないかとふと考えたりする。
伊丹十三さんと小林カツ代さん。接点があったのかはわからないが、ハイレベルな知識や教養を、わかりやすくワクワクする形で気前よく広く届けてくれた、同時代の天才という点は共通している。2人の個性が凝縮されたようなスープを飲みながら、私にもそのエッセンスがいきわたるといいなあ、と夢みている。

今回の小林カツ代さんレシピ

※「小林カツ代さんちのおいしいごはん」(1994年講談社・絶版)より一部引用

子供の頃、息子は風邪が治りかけると決まって「コンソメが飲みたい」と言ったものです。ビーフのかたまりでごく手軽に上等なコンソメスープを取り、だしがらの肉もおいしい。大ヒット作であります。


『コンソメとボイルドビーフ』のレシピ 

材料
牛もも肉かたまり……500g

A
水……2L
玉ねぎ……1/2個
にんじん……1/2本
セロリの葉……1本分
パセリ……2本分
ローリエ……1枚

つけ汁
しょうゆ……大さじ4
にんにくの薄切り1かけ分

塩……小さじ1/2~1
こしょう……少々
クルトン……好みで適量
パセリのみじん切り……好みで適量


作り方
(1)たっぷりの湯を沸かして牛肉を入れ、表面の色が変わるまでゆでて取り出す。
(2)鍋にAと肉を入れて火にかけ、フツフツと煮立ってきたら弱火にし、ふたを少しずらしてかけ、2時間くらい煮る。
(3)肉は取り出してつけ汁につけ込み、スープはざるにペーパータオルなどを敷いて静かにこす。
(4)こしたスープは1晩おいてさまし、上に張った脂肪のまくを取り除く。食べる直前に温め、塩、こしょうで調味する。器に盛り、クルトンとパセリを散らす。

カツ代ロジック

コンソメスープは澄んでいなければなりません。強火でグラグラ煮るのは当然ダメで、弱火すぎてもダメ。表面が常にホッホッと煮立っているくらいがベストで、私はこれを「モナリザの微笑み状態」と呼んでおりまする。
ボイルドビーフはときどきコロコロひっくり返して全体に味が均一になるようにからませます。5㎜くらいの薄切りにしてわさびじょうゆで食べたり、サンドイッチにしたり……。コンソメスープの付録とは思えないおいしさ。冷蔵庫で4~5日は大丈夫です。

次回は10/26(土)更新! お楽しみに。
柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『私にふさわしいホテル』『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『あいにくあんたのためじゃない』など多数。 毎月第4土曜日更新・過去の連載はこちら

文・写真/柚木麻子 イラスト/澁谷玲子 プロフィール写真/イナガキジュンヤ  取材協力/(株)小林カツ代キッチンスタジオ、本田明子

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