
2020.03.07
ラジオ波、リンパ、気、老廃物、毒素、腸内細菌etc……。次元の違うものを一緒くたに並べて恐縮だが、これらはすべて肉眼では見えないものだ。私は見えないものを、さももっともらしく説明されるとつい信じてしまう悪い癖がある。
これらが悪いと言っているのではない。
「リンパの流れを良くするために◯◯をするといい」「水をたくさん飲むと毒素が排出される」「老廃物が流れる」といった説明に極端に弱いのだ。ふむふむそれでは、リンパの流れを良くしなくちゃと意気込んでしまう。
けれど、リンパってどこをどう流れるどんなものなのだ? リンパによる重篤な病気をよく聞くが、マッサージしたくらいでどうにかなるものなのか? そもそも毒素や老廃物ってなんのことだ?
わかっていないのに、目に見えないものを敵とみなし、何かに取り組むのはよく考えるとばかばかしい。
昨年、高周波のラジオ波とやらが出るマシンでマッサージを受けた。紙パン一丁になって、マイクのような先が平らな形をした機械で肌をなぞられるのだが、最後まで何にどうきいているのかさっぱりわからなかった。
なんでも、脂肪を分解し、熱エネルギーで肌内部のコラーゲンを増やし、体をあたためて代謝を上げる……そうな。
その先をちゃんと聞かず、「ほお〜」とすぐに納得してしまうのだが、その自分の態度を棚に上げ、痩せなかったときには恨みの矛先をその機械のせいにしがちだ。
そもそも、1度や2度くらいで痩せるわけないのであるが。
目に見えないダイエットに大枚をはたいた最も苦い思い出は、気功エステである。六本木の一等地のビルの中にあり、上級者コースは月謝が100万円と先生から聞いた。小柄な60代くらいの元気な女性で、取材をきっかけに通うようになった。
ハキハキと明るく、東北の訛りがあって、素朴な印象。言葉や態度に裏表がないようにみえた。なんでも親身に相談に乗り、即答してくれるので、女性誌の悩み相談の回答者に推薦したほどだ(実際、何誌か担ってもらった)。
そのころ私は独身で、「雑誌で宣伝してくれたし、お金もないでしょうから」と、代金は半額で、ときには受け取らないこともあった。半額で1回1万5千円である。
人柄は好きだし、お弟子さんたちもみな気立てがいいのだが、唯一困ったのは「ほーら、いま出ていった」「うーんまだここにいるね」と、〈気〉の存在を全員の目に見えているかのように当たり前に口にすることだった。
私には1ミリも見えない。
でも、ものすごくふつうに「あ、今、気が頭から丹田に下りてきていますよ。これ、足先まで出しちゃいますね」と額に汗を浮かべながら、「ええ〜いっ」「やぁ!」と掛け声をかけて手のひらを左右に動かされると、「ありがとうございます」と頭を下げたくなるのが人間というもの。
私はベッドに寝ている。先生は私の体に一切触れない。体から15㎝くらい上を手のひらで「ぅえ〜〜〜いっ」と奇妙な声をあげながら、上から下へかざす。 あまりにも一生懸命やってくれるし、そばで見学しているお弟子さんたちにも「ほら、見なさい。ここにあるでしょ。今から流します」と、真面目に説明しているので、私は話を合わせるしかない。
そのうち、自分も「あ、なんだか温かいです」とか「今、体が軽くなりました」と、なんとなくの気持ちを大げさに伝えるようになっていき、しまいにはどれが本当でどれが嘘か自分でもわからなくなっていた。
でもこんな一等地に、こんなにたくさんのお弟子さんに囲まれているのだから(中年男性も含め8人ほど)すごい先生であることに違いない。ただ、悲しいかな私には気を感じたり、見たりすることができなかっただけだ。
先生には白いオーラのようなものが見え、色はその時の体調によって変わるらしい。
そこをやめたのは、先生の気遣いで取材という名目にしてもらい、高額な気功ダイエット合宿に無料参加したのがきっかけだ。
夜、20人ほどの参加者が輪になって座禅を組み、瞑想をした。
目を閉じたまま、先生が言う。
「私は今チベットにいます。宙に浮いている。ああ体が軽い。あなたたちも、時空を離れ心と魂は別の場所に飛びます。今、飛んだと思った人は手を挙げて教えて下さい」
私は手を挙げた。ふわりと浮いたような気がしたのだ。
薄目を開けると、挙げているのは私だけだった。
〈気がした〉のと、先生への忖度と、「ただで参加させていただいているし」という義理人情に近い気持ちが手を挙げさせていた。「ああ、ここは卒業しよう」とその時決意した。うそをついてまでやるようなことじゃない。
あれから先生はどうしているだろう。最後まで爽やかで朗らかな人だった。やめたあとも、盆暮れに美味しいジュースを贈ってくださった。悪いのはオーラが見えない私である。なんとなく怖くて検索する気持ちになれないが、このまま知らなくていいと思っている今日このごろである。
内側のオレンジ部分から気が出るという足首バンド(5000円)。気はわかりませんが、ものすごく温かいので毎冬手放せません。
おおだいら・かずえ
文筆家。長野県生まれ。’94、編集プロダクションを経てライターとして独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)など。『そこに定食屋があるかぎり(ケイクス)』など連載多数。大学生長女と映画製作業の夫と3人暮らし。現在どうやら人生初のダイエット道アガリの噂あり。今後の展開にご注目を!
www.kurashi-no-gara.com
instagram : @oodaira1027
twitter : @kazueoodaira
イラスト/いいあい
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