2025.03.25

映画監督・山崎エマさん/人生を懸けて作った小学校が舞台のドキュメンタリー

ドキュメンタリー映画『小学校~それは小さな社会~』の山崎エマ監督インタビュー 後編

インタビュー前編はこちら>>

現在ロングラン上映中であるドキュメンタリー映画『小学校~それは小さな社会~』を手掛けた山崎エマ監督にインタビュー。日本の公立小学校に1年間密着した本作は、各国映画祭で数多くの映画賞を受賞し、そこから生まれた短編版『Instruments of a Beating Heart』は第97回アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞にノミネートされました。そんな本作の舞台裏や現場でのエピソードを、山崎監督が語ってくれました。

英国人の父と日本人の母を持つ山崎監督は、大阪の公立小学校を卒業後、中高はインターナショナル・スクールに通い、アメリカの大学へと進学しましたが、日本を出たことで改めて、日本での教育の素晴らしさを実感されたとか。そこで2014年に公立小学校を舞台に映画を撮りたいと思いたち、幾多のハードルを乗り越え、コロナ禍の2021年4月に撮影をスタート。撮影は150日、700時間、編集には1年を費やし、渾身のドキュメンタリー映画が仕上がりました。

10年越しで完成した渾身のドキュメンタリー

『小学校~それは小さな社会~』© Cineric Creative / NHK / PYSTYMETSÄ / Point du Jour

――撮影の許諾を取ることに6年も費やされたそうですね。

 「映画が出来上がるまでに10年もかかりました。最初の5、6年は他のことをやりながら、撮らせてもらえそうな学校を探していきました。10年前はまだ自分も映画を1本も作ってなかったし、本当にノウハウがなく、ただやってみたいという思いだけで動いていました。

 知り合いを通して学校に行っても、撮影許諾はなかなか取れなかったけれど、結果としてはいい取材期間だったなと今は思えます。私は学校を1クラスだけじゃなく、名物校長にスポットを当てるのでもなく、丸ごと撮りたかった。でも、普通の学校の普通の日常を撮りたいというだけでは、なかなか理解が得られませんでした」

 ――その点をどう打開していったのでしょうか?

 「前作『甲子園 フィールド・オブ・ドリームス』は、100回大会を迎えた夏の甲子園を追ったドキュメンタリーでした。本作のように、何か特別な年であれば撮るに値すると、制作陣が動いてくれるんじゃないかと考えまして。たとえ企画自体が面白くても、学校や自治体などは動いてくれない。動かすには特別なフックが必要だと思い、たまたま日本でのオリンピックが迫っていたから、アメリカのホストタウンの予定だった世田谷区の小学校に話を持ちかけました。そこから町の教育委員会やいろいろな方々の賛同を得て、人との出会いが奇跡のようにつながっていきました

――無事に撮影の許諾が取れましたが、図らずも世界的なパンデミックに。ただ、結果的にはコロナ禍での日本の小学校を収めた貴重な映像作品にもなりました。

「本来なら2020年4月から撮影する予定でしたが、コロナ禍となり一旦、すべて白紙に戻ってしまいました。その1年は他の作品を作ったのですが、秋頃になりどうするかと悩んだ挙げ句、やはりコロナの時代には、日本だけではなく、他の国でも社会の特性が現れたと感じたので、ある意味、自分が興味のあることをより強調して撮れるのではないかと思い、撮影を開始することになりました。

まさかコロナがそのまま1年以上も続くとは思っていなかったのですが、やると決めたからにはその状況をより活かしてちゃんと収めようと思いました。コロナ禍であることは避けられない事実でしたが、そこに集中しすぎず、テーマ的には元々やりたかったことを変えずにやれたかなとは思っています」 

先生たちの葛藤や子どもたちへの愛情が浮き彫りに

『小学校~それは小さな社会~』© Cineric Creative / NHK / PYSTYMETSÄ / Point du Jour

 
――本作では、子どもたちだけではなく、教員の方々の奮闘ぶりもカメラに収められています。

「学校という場所は先生たちがいないと成立しないので、最初から先生たちの日常も撮影しようと思っていました。子どもたちは決められた環境の中ですくすくと成長していきますが、大人たちがどういう言葉をかけたら、子どもがどう動くのか、また先生たちはどういうことを考えながら学校にいるんだろうという点にもすごく興味がありました」

――実際にいろいろな先生方の熱心な指導ぶりとともに、ご苦労や葛藤も垣間見れました。

「自分が小学校に通っていた時はまだ子どもで、先生たちの胸の内なんてわからず、自分のことだけでいっぱいいっぱいだったと思います。日本社会では膨大な役割を先生たちに任せているから、勉強だけにとどまらず、生活面も含めていろいろなことを生徒に教えなければいけません。給食の配膳や掃除も教えるし、運動会などの行事も含め、いろいろなことを全部できないといけません。最近『教員は大変』という声も多く、教員になりたい人が減っているというニュースも多いです。確かに大変そうでしたが、だからこそ教員という職業の魅力や、やりがいも伝えていきたいと思いました

――先生たちのリアルな人間性も反映されていて感慨深かったです。

「私は親も祖父母もみんな教師ですが、先生たちも人間だし、きっと悩みながらも先生という職業にやりがいを見出していったのではないかと思います。もちろんそれは難しいことでもありますが、毎年子どもたちが成長していく姿を目の当たりにし、そこが自分たちの生き甲斐にもなっているという印象を、自分の親を見ていて感じました。だからこそ先生たちの人間的な面、報道やニュースだけでは聞こえてこない側面を届けたいなと思いました」

『小学校~それは小さな社会~』© Cineric Creative / NHK / PYSTYMETSÄ / Point du Jour

 
――やり方は違えど、子どもたちに愛情を持って接している先生たちの情熱に心を打たれるシーンもありました。

「いろんな先生がいるのが学校であり、子どもたちは学校で、自分の親とは違う大人たちと出会うことで、いろんな支えを得たり、優しくされたり、厳しくされたりしながら、社会に入っていく練習をしていく。学校では、大人たちが子どもたちを見守って導いてくれているなと思いました」


――中でもえんどう先生が子どもたちの前で卵の殻を頭で割るパフォーマンスをされたり、わたなべ先生が常にバランスを取り、試行錯誤しながら子どもたちを指導されたりする現状について「平均台の上を歩いてるような感じ」と表現されていたことが心に残っています。

脚本がないので、正解もないです。いろいろなことが毎日起き、一人ひとりに個別の対応が必要な時代だから、私たちは先生に対して本当に難しいことをお願いしているなと思いました。時にはすぐに報われないこともある職業です。自分も大変お世話になった先生方に感謝するのに、10年ぐらいの年月がかかった気がします。特に厳しかった先生たちは、当時、嫌だなと思っていましたが、大人になってから、自分のことを思って注意してくれていたんだなとようやく気づきました」

教育の大切さを自分事として捉えてほしい

『小学校~それは小さな社会~』© Cineric Creative / NHK / PYSTYMETSÄ / Point du Jour

 
――先生たちの叱咤激励や温かく包み込むようなフォローによって背中を押され、子どもたちが殻を破って成長していく姿に心を揺さぶられました。

自分自身を振り返ると、何かを乗り越える経験というのが一番、自分のためになったことだと思っています。縄跳びや音楽など、なんでもいいのですが、練習や努力をして少しずつできるようになっていく成功体験ですね。頑張ればこういう景色が見れる、みんなと力を合わせたらこんなに楽しいことが待っているということを、自分は学校で学びました


――子どもたちの成功体験がきちんとカメラで収められたのは、監督が700時間(監督の小学校滞在時間は4,000時間)をかけて撮影されたからではないかと。中でもちゃんと努力が実った瞬間、アドバイスをくれた先生にバックハグをしにいくある生徒の姿も印象的でした。

「あのシーンは撮影を開始して10か月目、3学期の終わりの方で、それまでに毎日子どもたちを追っていたからこそ撮れたシーンでした。そういう感動的な光景は学校で日々あるのですが、それを私たちがどれだけ捉えれられるかというところが勝負だったので、そこは上手く捉えられて良かったです」
 

――1年を通して、子どもたちの目覚ましい成長ぶりが感じられました。

子どもたちが小さい頃から日々お互いを思いやっているところが、日本の小学校の良いところです。集団性が高いので、いずれは同調圧力やいじめなどに繋がっていく傾向もあるとは思いますが、小さい頃は周りの子のことを自分のことのように思えるというこの教育システムは、入口としてプラスの面が大きいかなと私は思います」
『小学校~それは小さな社会~』© Cineric Creative / NHK / PYSTYMETSÄ / Point du Jour

 
――また、山崎監督が「親や教師でない人にもその教育を自分事として捉えてほしい」と言われていますが、映画を観て、そのメッセージはガツンと受けとりました。海外の映画祭で上映され、それらが世界中に届いたこともすごく意義深いと思います。

未来のために、私は教育ほど大事なものはないとも思っています。自分も最近親になって、教育にはより関心を持つようになりました。明日の社会を作っているのは今の学校なので、そこをドキュメンタリー映画にして発信してきて、また、そんなふうに受け止めてくださる方がたくさんいてくれたことで、本当にやってよかったなと思えました。もちろんいろんな声もいただきますが、まずは関心を持ち考えてみること、話してみることが大事かと。逆に私にも正解はわからないから、ここまでやってこれたわけです。

何千人、何万人の皆さんがそれぞれに、自分の家族のこと、地域のこと、学校のことについて考えてほしかったです。いろんなハードルを乗り越えた作品制作でしたが、今の公開での広がりや、アカデミー賞ノミネートの件も含めて、本当に諦めなくてよかったなと。自分の人生を懸けてこの作品を作ってよかったなと、今は心から思っています」

◇山崎エマ(やまざき えま)さん

イギリス人の父と日本人の母を持ち、東京を拠点とするドキュメンタリー監督。代表作は『モンキービジネス:おさるのジョージ著者の大冒険』(2017)、『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』(2019)など。2024年『小学校〜それは小さな社会〜』から生まれた短編版である『Instruments of a Beating Heart』が第97回アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞にノミネート。


『小学校~それは小さな社会~』

『小学校~それは小さな社会~』© Cineric Creative / NHK / PYSTYMETSÄ / Point du Jour

シネスイッチ銀座ほか全国順次公開中

日本の公立小学校に通う1年生と6年生の学校生活を、1年間にわたり密着したドキュメンタリー。児童が自ら教室の掃除や給⾷の配膳などをはじめ、様々な役割を担い、少しずつ集団⽣活における協調性を⾝につけていく様を追う。そんな日本式教育「TOKKATSU(特活)」が海外から称賛を浴び、各国の映画祭で数多くの映画賞を受賞した。

『Instruments of a Beating Heart』

『Instruments of a Beating Heart』国際共同制作:Cineric Creative/ NYT Op-Docs / NHK © Cineric Creative/ NYT Op-Docs

 
『小学校~それは小さな社会~』から生まれた23分の短編版。第97回アカデミー賞短編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた。日本人監督による日本を題材にした作品としては、史上初のノミネートとなった。現在『ニューヨーク・タイムズ』運営の動画配信サイト「Op- Docs」にて配信中

取材・文/山崎伸子

RELATEDこの記事に関する記事

ARCHIVESこのカテゴリの他の記事

TOPICSあなたにオススメの記事

PICK UPおすすめ