close

レシピ検索 レシピ検索
オレンジページ☆デイリー

オレンジページ☆デイリー 気になるTopicsを毎日お届け!!

【編集マツコの 週末には、映画を。Vol.61】「その手に触れるまで」

2020.06.11


こんにちは。ふだんは雑誌『オレンジページ』で料理ページを担当している編集マツコです。
久々に新作をご紹介できることを心から嬉しく思います。そして、この素晴らしい作品で再開できることも!

例えば野球少年が食事の時間も惜しんで素振りに励むように、子どもとも大人とも違う、思春期特有のエネルギーというものが存在します。夢や好きなことに向かっている場合はいいのですが、それが負のベクトルに向かってしまったとしたら……。『その手に触れるまで』は、過激なイスラム教思想に囚われてしまった13歳の少年のストーリー。野球やゲームに夢中になる同世代の少年たちと、彼は一体どれほど違うのか。大人たちは何をしてあげられるのか。ここ数年多発するイスラム教徒によるテロ事件を題材にしながらも、弱き者への優しいまなざしをたたえた普遍的な作品でした。


ベルギーに暮らす13歳の少年アメッド(イディル・ベン・アディ)。以前まではゲームに夢中だったのが、今ハマっているのはイスラム教の聖典・コーラン。毎週兄とともに、近所の食料品店で行われる礼拝に参加しています。
ベルギーと聞くとクリスチャン、白人のイメージを持つ人も多いかもしれませんが、首都のブリュッセル近郊ではムスリムの割合は23%、地区によっては半数ほどの割合を占めるそう。昨今のイスラム過激主義者によるヨーロッパ内のテロ事件ですが、ベルギーは、実はその拠点とも言われているのです。
コーランにのめり込むアメッドに起こった大きな変化の一つが、放課後の補習クラスでいつも教えてくれていたイネス先生(ミリエム・アケディウ)との握手を拒むようになったこと。厳格なイスラム教の教えでは、家族以外の女性に手を触れてはいけない、とされているからです。また、歌うことも禁じられているとする解釈もあり、これが物語のキーポイントに。毎晩読み書きを教えてくれた彼女との距離は広がり、周囲に心を閉ざしていくアメッド。ついにはあることがきっかけとなり、ナイフを忍ばせてイネス先生の家へと向かうのです……。


この映画は安易にイスラム的思想を糾弾したいのではなく、13歳の少年がいかに簡単にこういった思想に飲み込まれてしまうか、そしてその頑なになってしまった心の殻を破ることがどんなに難しいか、それを伝えたいのだと思います。
アメッドの兄や、彼をその気にさせたモスクの男性さえも、アメッドの狂信ぶりにややたじろいでいるほど。少年院に入ったアメッドは、更生プログラムの一環で農場作業を手伝うも、動物に触れることを嫌がり、農場主の娘ルイーズ(ヴィクトリア・ブルック)の優しい態度にもなかなか心を開きません。
母親や心理士、教育官など大人の言葉を彼はどういう気持ちで聞いているんだろう、ルイーズが自分に向ける好意をどう受け止めているんだろう。狭量な考えで「敵」を定義してしまうことを、どうやったら止められるんだろう? 13歳の少年の体は幼い。彼がイネス先生に向けるナイフがおもちゃに見えるほどに、幼い。殻にこもった小さなテロリストの心のドアをノックし続けるしか出来ることはないのかと、無力な気持ちに飲み込まれそうになります。


移民、力なき労働者、育児放棄された子どもなど、監督のダルデンヌ兄弟は弱き者を主人公に据え、これまでの作品に社会を映し出してきました。今回のアメッドもまた、大人の企てに簡単に利用されてしまう弱き存在。大きな問題を掲示しながらも、ダルデンヌ兄弟の作品は「ほら、社会はこんなに悲惨だ」と観客を置き去りにしたりはしません。アメッドが再び心を開く日が来るのか、それは分からない。それでも、イネス先生を始め、彼に注がれる優しさや気遣いの温かさにハッとさせられてしまうのです。一筋の光を残すラストシーンに、希望を信じずにいられないのです。

「その手に触れるまで」  6月12日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!
©Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF


【編集マツコの 週末には、映画を。】
年間150本以上を観賞する映画好きの料理編集者が、おすすめの映画を毎週1本紹介します。
文/編集部・小松正和

次回6/19(金)は「今宵、212号室で」です。お楽しみに!

SHARE

ARCHIVESこのカテゴリの他の記事

TOPICSあなたにオススメの記事

記事検索

SPECIAL TOPICS


RECIPE RANKING 人気のレシピ

Check!