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【編集マツコの 週末には、映画を。Vol.17】「存在のない子供たち」

2019.07.25


こんにちは。ふだんは雑誌『オレンジページ』で料理ページを担当している編集マツコです。
今まで仕事で色々なレシピを紹介してきましたが、特に最近感じるのが「王道」は意外に人気がないなぁ~ということ。王道のハンバーグ、王道の肉じゃが、王道のから揚げetc.おそらくこのへんのメニューって、レシピ見なくても作れるorネット検索で探せちゃうんだと思います。
ハンバーグやから揚げ自体はもちろん人気メニューなので、「チーズインハンバーグ」とか「さくさくごろものから揚げ」とか、何かプラスアルファがあるものだと、逆にすごくウケたりするんですよね~。

これって映画も一緒だなあと。「王道のテーマ」というのはきっと存在するんだけど、そこに何か付加要素がないと、フツーの作品になってしまう。
今回紹介する『存在のない子供たち』は、「子供の貧困」という普遍的な題材を扱いつつも、映画ならではのドラマ性も兼ね備えた、この夏イチオシの作品です。


ストーリーは裁判の場面で始まります。原告は主人公のゼイン(ゼイン・アル=ラフィーア)。訴える相手は、なんと両親です。
裁判官はゼインに年齢を尋ねますが、彼の返事は両親をあごで指しながら「そっちに聞いて」。というのも、出生届が存在しないため、ゼインは自分の年齢を知らないのです。
乳歯の有無など歯の検査によって、「おそらく12歳くらい」いうことがやっと分かっているのみ。
ここから、過去の出来事をたどる形でストーリーは展開します。
一体、ゼインは何の罪で両親を訴えたのでしょう?


中東の国・レバノン。その貧民窟で両親、幼い兄弟姉妹たちと生きるゼイン。
学校にも行けず、手作りのジュースを道端で売ったり、大家である雑貨店の使い走りのようなことをしながら毎日食いつないでいる状況です。
薬局で手に入れた薬のカプセルを砕き、飲み物に入れて売っている場面もありましたが、あれは麻薬のようなものなのでしょうか。
レバノンという国は内戦があったということ以外ほとんど知識がなかったのですが、こういう子供が大勢いるそう。

戸籍がないという表現はお役所チックでややピンと来ない部分がありますが、
この子は誕生日を誰かに祝ってもらうことも、自分で祝うこともないんですね。


このような状況に置かれながらも、ゼインは悲嘆に暮れた顔は見せません。悲しんでいる暇などないのです。
日々、生き抜くために必要なことを淡々とこなす彼の表情から伝わるのは「諦観」と「絶望」。〈約〉12年、彼がどのような人生を送ってきたのか、僕には想像することさえできません。
こう言ってしまうと無力で弱々しい少年像をイメージするかもしれませんが、このゼイン君、とにかく威勢がよくてふてぶてしい。
細い体のどこからこんなパワーがと思うほど、大人に対して一歩も引かず、ときには嘘もいとわず、知恵と体をフルに使って毎日サバイバルを続けています。
このたくましさのおかげで「悲劇の主人公」という感じがあまりせず、生意気盛りのいたずらっ子を見守っているような気持ちになってしまうから不思議です。
気付けばこのゼインという少年にすっかり魅了されていました。

子供の幸せを顧みない両親に見切りをつけながらも、彼が日々を懸命に生きるのは幼い妹や弟たちのため。特に一番歳の近い妹サハル(シドラ・イザーム)が彼の心の支えになっているのですが、ある日悲劇が訪れます。両親の勝手な取り決めにより、まだ11歳の彼女は大家の青年と結婚させられてしまうのです。おそらく家賃の支払いに苦しんだ結果の判断でしょう。


最愛の妹と離れ離れになってやぶれかぶれのゼインは、バスに乗って家を出てしまいます。
あてもなくたどり着いた遊園地で出会ったのは、エチオピア人のラヒル(ヨルダノス・シフェラウ)とまだ赤ん坊の息子ヨナス(ボルワティフ・トレジャー・バンコレ)の親子。
食べ物と泊まる場所が欲しいゼインと、日中ヨナスの面倒を見てほしいラヒルの利害が一致し、彼女はゼインを家に置いてやることに。

この親子との出会いが映画をぐんと面白くしています。
というのも、ラヒルは偽造の滞在許可証で働いているんですね。もうすぐその偽の証書も期限が切れることとなり、偽造屋から相場より高い金額をふっかけられて八方ふさがりになってしまいます。
ゼインの境遇で子供の貧困という問題を見せつけ、同じく世界中が抱える移民や不法就労の課題をラヒル親子によって提示している。
さらに、ヨナスを差し出せば許可証を無料にしてくれるという偽造屋の存在によって、児童売買の問題も描きます。
置かれた立場が違うものの、この国で「弱者」という共通項を持つ者どうしが協力する姿は、見る者をよりいっそうやるせない気持ちにさせます。

愛する妹を奪われ、ぽっかり空いた穴にちょうどぴったりだったのでしょうか。ゼインがヨナスの面倒を見る姿は、何の計算も駆け引きもなく、「自分より弱い者を守る」人間の本能的な行動に見えるのです。
その健気な姿に泣かされながらも、肌の黒いヨナスのことを「この子は誰だ」と聞かれたときに「弟だけど、僕はだんだん白くなったんだ」と真面目に答える姿に、クスッと笑ってしまうのです。あんた最高だよゼイン!


こんな場面がありました。ヨナスを連れて街を歩いているとき、配給をもらいに行くシリア人難民の少女に出会うのですが、「僕ももらえる?」とゼインが聞くと、「レバノン人はダメ」と言われてしまうのです。えぇっ。こんなに小さな子供が苦しんでいるのに、国の違いによって配給を受けられないっておかしくないですか? 見る人がこのように憤るのも、きっと監督の計算づくなのでしょう。
もちろんゼインは「そっかあ残念」などと諦めるようなタマではないのでご安心を(笑)。

社会問題を扱う映画というのはとても意義があると思います。と同時に、社会問題をただ見せるだけの映画ではいけないとも思います。
だって、貧困、差別、いじめ、DV、etc. それが問題であることは誰だって分かっていますよね? それだったら映画ではなくドキュメンタリーを見ればいいわけで。
そういう問題を切り取った上で、きちんとドラマ性も兼ね備えているのがこの映画です。
子供が親を訴えるなんて、なぜ? と興味をかき立てるスタートがあり、やがて明らかにされる主人公の境遇に涙し(でもクスッともさせられ)、事件が起こって物語が動き、最後、法廷で少年が思いの丈を打ち明ける。流れが完璧すぎ!\(^o^)/

それにしても、このゼインの虚ろな表情はどんなに優秀な子役でも演じるのは難しいはず。
そういえば役と本名が一緒だなと思って調べてみると、やはりと言うか、このゼイン君自身が恵まれない境遇で生きてきた経験の持ち主でした。実際の彼はシリア人。内戦によってレバノンに逃れ、10歳から働いて家計を助けてきたそう。同様に、ラヒルもヨナスも、そしてゼインの家族も、それぞれが映画と似たような人生を歩んでいたところ、偽りのない描写をしたいと思っていた監督の目に留まったのだとか。
法廷でゼインが言った「みんなに愛されて尊敬される、立派な人になりたかった」という言葉が頭を離れません。

クスッと笑える場面があると言っても、やはり重い内容に打ちのめされます。
でもラストには希望があって、その演出がまた心憎いんですよ。監督からゼインへのプレゼントというか……。
この夏、絶対に見てほしい一本です。マツコはもう2回見て、すっかりゼインのファンです♪


「存在のない子供たち」  シネスイッチ銀座、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開中
配給:キノフィルムズ
ⓒ2018 MoozFilms/ⓒFares Sokhon

【編集マツコの 週末には、映画を。】
年間150本以上を観賞する映画好きの料理編集者が、おすすめの映画を毎週1本紹介します。
文/編集部・小松正和

次回8/2(金)は「よこがお」です。お楽しみに!

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