close

レシピ検索 レシピ検索
柚木麻子の「拝啓、小林カツ代様」~令和のジュリー&ジュリア~
人気作家・柚木麻子さんが昭和の料理研究家・小林カツ代さんを語る食エッセイ。映画「ジュリー&ジュリア」ばりに往年のカツ代さんレシピを作り、奮闘します。コロナ禍ですっかり料理嫌いになった柚木さんが、辿り着く先はーー?

小林カツ代なら、どうする?聖夜にパレスチナ・オリーブオイルで揚げる「ケンタッローフライドチキン」【柚木麻子連載】

2023.12.24

小林カツ代さんレシピ「「ケンタッローフライドチキン」

第8回「小林カツ代なら、どうする?」

第7回 何もできてない42歳を救う小林カツ代の「さぼりライス」としみる文章

大学時代、脚本家を目指していた時、シナリオ教室で「ビリー・ワイルダーならどうする?」という標語をよく聞いた。「アパートの鍵貸します」などで有名なコメディ界の巨匠、ビリー・ワイルダーは、空間や小道具の使い方に当時としては画期的なアイデアがたくさんある人で、彼の戯曲を読んだり映画を見たりしていると、確かに法則のようなものが浮かび上がってくる。私も当時、提出用の作品を書きながら、彼ならどうするかなあ、と何度か考えたことがあり、実際、真似したこともあった。さて、最近、私がよく唱えるのはこちらである。

「小林カツ代ならどうする?」

連載開始からこの8ヶ月の間に、オレンジページさんが送ってくれる彼女の著作を読み、せっせとレシピを作り、一番弟子の本田明子さんからのアドバイスを受けているうちに、私はすっかりカツ代さんに詳しくなった。すると不思議なもので、カツ代さんであればどうするか、心にすっと思い浮かぶようになったのである。
連れ合いにムカついた時や、家事をするのがどうにもダルい時、小説で必要な取材がどうしてもできず仕事がストップした時――。

連れ合い→カツ代さんにとって喧嘩は日常茶飯事と書いてあるので、ここはがっつりと喧嘩。喧嘩するのがダメという発想は、カツ代さんにはない。その代わり、怒りや恨みは持ち越さない。

家事→とりあえず、カツ代さんの口癖「産婆のごとくお湯を沸かせ」に則り、鍋に水を入れ、火にかける。さらに、子どもに声をかけて、下手でもいいから手伝わせる。前回紹介した「さぼりライス」かおにぎりでとりあえず凌ぐ。

取材→神楽坂女声合唱団のメンバー募集の時のごとく、助けてくれそうな人みんなに片っ端から連絡し、抱えている問題を開示しまくる。恥ずかしさや申し訳なさは感じまいとする。これをやり続けていたら、快く応じてくれる取材先を確保することが出来た。


さて、こうしている今も、イスラエルのガザ侵攻が続いている。私も少しでいいから、何かできないか、と募金は続けているものの、日々楽しいことがあるたびに、こうしている今、人が殺されている事実を思い出し、罪悪感を覚えている。自分の過去の言動を顧みて、反省することもしきりだ。イスラエル支持側の企業の商品を買うのを控えようと心がけているものの、あまりにも多岐にわたる食品、エンタメ、アパレル企業名が連なっていて、息を吸っているだけで、誰かを踏ん付けている社会構造に呆然とする。
ちょっとでも勉強しようと思って手にとった、パレスチナ関連本の末尾に、「こんな応援の方法がある」という例があり、パレスチナ産の商品を買う方法が紹介されていた。SNSで商品を買っている人のリコメンドも見つけた。石鹸や刺繍、オリーブオイルが有名なようだ。

「これだ!」

この時期、カツ代さんだったら、どうするか、どう過ごすか。

アンサー→パレスチナ産の食材を贅沢に使って美味しいホリデー料理を提案し、ガザへの応援を、メディアを通じて発信する。

平和なくして食は語れず、のモットーを掲げ、戦争反対のメッセージを伝え続けたカツ代さんなら、ガザに寄り添う表明をなんらかの形でしたはずだ。あくまでも私の空想だが、いい線を行っているような気がする。
そんなわけで、「パレスチナ・オリーブ」というブランドのパレスチナ産のオリーブオイルを6本購入した。蓋を開けると、たちまち若葉のような爽やかさが立ちのぼる。美しい翡翠色で、オリーブの実の甘み、香ばしさと微かな苦味がふわっと広がる。早速、生のカブに塩と一緒にかけて食べた。もうずっとこれだけ食べていればいいや、と言うくらい美味しい。カブってこんなに甘くて瑞々しかったっけ? おすすめは、炊き立てご飯に卵黄と、塩とオイルをかける食べ方。お米に超濃厚なチーズソースが絡んだような味わいにやみつきだ。同封されていたパレスチナの生産者の声をまとめた小冊子が現地の営みが伝わってきてとても良かった。

大切に少しずつ味わいたいような美味だが、今の私はすぐに次の発注をかけたい。自分で使うだけではなく、年末のプレゼントとして、周りにどんどん配りたい。そこで、オリーブオイルを料理にたくさんかけることで有名な速水もこみち氏のレシピを眺めているうちに、思いついた。

一気に油を消費するには、そうだ、揚げ物だ!

よし、これで今年のクリスマスは、ケンタッキーフライドチキンの代わりに、自分でフライドチキンを揚げよう。カツ代さんが息子のケンタロウさんのために試行錯誤して生み出した伝説のレシピ「ケンタッローフライドチキン」を作る時だ。ファストフードはあまり積極的に食べさせなかったカツ代さんだが、子どもたちがカリカリのスパイシーな衣がついた肉に惹かれることは全く否定せず、研究を重ね、本家を上回る形で大喜びさせていたようである。
今回、フライパンも、自分のためのプレゼントとして、上等な鉄の中華鍋を初めて買ってみた。カツ代さんは環境や味わいのことを考え、鉄製の調理器具を愛用している。これまでテフロンしか使ってこなかったが、今日から私も鉄派としてデビューだ。

ケンタッローフライドチキンは本格的で、ウィングスティックをスパイスと牛乳に一晩つけ、さらにスパイス入りの小麦粉の衣をたっぷりとつける。カレー粉をカレーとバレない程度の量混ぜるのがポイントのようだ。

鉄鍋の説明書に、最初にクズ野菜を炒めて、油を馴染ませるとある。捨てようと思っていた、カブの葉っぱの茎を適当に炒めて、落ち着かせておく。鍋は思ったよりは重くない。いざ、オリーブオイルを鍋にどくどくと注ぐ。ここまで上質な油を、それも揚げ油として使用したことがないので、かなり緊張する。当然ながら、大量に使うことを想定されてないので、注ぎ口が小さく、チョロチョロとしか出てこない。しばらく瓶を傾け、キッチンに突っ立っている。油を中温に熱し、いよいよ骨付き肉を投入。普段の揚げ油と違い、泡の粒も音も小さく、胃もたれするようなにおいが全くしない。さらっとしているので処理も楽。良質なオリーブオイルによる揚げ物はどこまでもノーストレスだった。凸凹の焦茶色の衣を纏ったウイングスティックは、一見売っているものと見分けがつかない。こんなに簡単に作れるのか、とちょっと驚いた。肉の柔らかさはもちろん、スパイシーでカリカリで、それでいてオリーブオイルの力で、サラッと軽い味わいの衣の美味しさに、手が止まらない。売っているものより、ずっとたくさん食べられる。
子どもも、一口齧り付いて目を丸くし、「これまで食べたものの中でこれが一番美味しい」と言ったので、結局、予定していた肉の3倍の量を揚げ続けることになった。ケンタロウさんもまりこさんもこんな味で育つなんて、本当に幸せだ。


今年はもう社会を信じられなくなるようなニュースが続いた。これまでほとんど自分のことしか考えてこなかった人生を、後悔してばかりだったような気がする。

でも、そんな時は、誰か尊敬する人を胸に置くことをお勧めする。あの人だったら、こんな時、どうするかな? カツ代さんだって、反戦やエコ、動物愛護のことを、最初から口にしていたわけではない。カツ代さんの夫はこんな風に語っている。
「カツ代ほど変化をした女性はいなかった。最初に出会った頃から最後まで、全く別人のように大胆な変化を遂げました」(中原一歩著『小林カツ代伝 私が死んでもレシピは残る』文藝春秋より)

カツ代さんだって、トライアンドエラーを繰り返していったのだろう。きっと、主婦として出発し、成り行きで料理研究家を続けるうちに、たくさんのファンからの声が届き、自分が世の中に与える影響力に気づき、社会を見つめ、どんどん強く、そしてオープンに変わっていったに違いない。そう想像すると、私のような思いを抱いた瞬間も、きっとカツ代さんにもあったのではないか。

後悔も反省もあるが、その分、新しいことを始めたい。私もどんどん変化したい。メリークリスマス&来年も良いお年を! 虐殺反対です。

柚木さんが購入したパレスチナ・オリーブオイルはこちら

今回の小林カツ代さんレシピ

※「ママは天才!作り続けてよかった愛情レシピ」(2007年・主婦の友社※現在品切れ、重版未定)より一部引用
さて、プレゼントと同様にお楽しみバースデー・ディナー、わが家の定番料理と言えばフライドチキン。このチキンの揚げ方にはコツがあるのですが、私は昔、アメリカの読み物で発見しました。ケンタッキー州の名物料理・フライドチキンについて書かれているところに、「少ない油で最初は蒸し揚げにし、その後、ふたをとって空気に触れさせながらカラリと揚げる」とあったのです。その当時、「揚げ物=たっぷりの油」という日本人の感覚との違いに驚きながらも、さっそくこの短い記述を参考にトライ。
結果は、衣はカリッ、肉はジューシー。なるほど、さすが本場のやり方です。あとは、私なりに肉をやわらかくする工夫も加え、オリジナルのレシピを完成。ケンタッキーフライドチキンに対抗し、息子の名前をとってケンタッロー フライドチキンと命名しました。自分で言うのもなんですが、これはまさに絶品! 家族中の大好物となったのです。
でも、私は、子どもたちの好物をめったに作りませんでした。なぜって、ここぞという日に作るほうが特別な感じがするでしょ? だから、まりこもケンタロウも誕生日にはプレゼントとともにフライドチキンが食べられることをすごく楽しみにしていました。

『ケンタッロー フライドチキン』のレシピ

材料[4~6人分]
鶏ウィングスティック……12~16本
〈下味〉
 A(塩小さじ1 レモン汁小さじ1/2個分)
 B(玉ねぎのすりおろし1/4個分 にんにくのすりおろし1かけ分 パプリカパウダ―、こしょう、カレー粉各小さじ1/2)
   牛乳……1カップ
〈衣〉
  小麦粉……1カップ
  塩……小さじ1
  こしょう……小さじ1/2~1
  カレー粉……小さじ1
 パプリカパウダー……小さじ1/2
揚げ油……適量

作り方
(1)ボウルに鶏肉を入れ、Aを次々すり込む。Bを入れ、牛乳を注いで冷蔵庫に一晩入れておく(時間がない場合は30分ほどおけばよい)
(2)衣の材料をよく混ぜ合わせる。肉にしっかりと衣をつけ、手でキュッとにぎって落ち着かせる。
(3)揚げ油を中温(170度程度)に熱し、(2)を次々静かに入れる。ふたをして6~7分揚げたらふたをとり、肉を裏返してカリッと揚げる。ふたをとるときには内側の水滴が鍋の中に落ちないよう、さっととり去ること。
(4) 皿に盛り、フライドポテトやスティック野菜などを添える。
★フライドポテトはじゃがいもを皮ごとくし形に切り、ぬるめの油から徐々に温度を上げながら揚げ、塩をふる。冷凍のフライドポテトでも可。
次回は1/27(土)更新! お楽しみに。
柚木麻子(ゆずき あさこ)
2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、10年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。15年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。著書に『ランチのアッコちゃん』『伊藤くん A to E』『マジカルグランマ』『BUTTER』『らんたん』『とりあえずお湯わかせ』『オール・ノット』『マリはすてきじゃない魔女』など多数。 毎月第4土曜日更新・過去の連載はこちら

文・写真/柚木麻子 イラスト/澁谷玲子 プロフィール写真/イナガキジュンヤ  取材協力/(株)小林カツ代キッチンスタジオ、本田明子

SHARE

ARCHIVESこのカテゴリの他の記事

TOPICSあなたにオススメの記事

記事検索

SPECIAL TOPICS


RECIPE RANKING 人気のレシピ

PRESENT プレゼント

応募期間 
5/28~6/17

日清ヘルシークリアプレゼント

  • #食

Check!