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馬田草織の塾前じゃないごはん
塾前じゃないごはん=お夕飯のこと。ポルトガル料理研究家で文筆家の母・馬田草織さんとJKこと女子高校生の娘さん。女2人で囲む気ままな食卓の風景をお届けします。さて今晩の「塾前じゃないごはん」は?

思いやれる人、という付箋を拾った『まいたけとエリンギのグリル、ガーリックバゲットのせ』レシピ

2023.09.26

まいたけとエリンギのグリル、ガーリックバゲットのせ

[第14回]思いやれる人、という付箋を拾った

[第13回]両思いじゃない〈壁ドン〉は性暴力、という話。

リビングを掃除していたら、部屋の隅に黄色い付箋が落ちていた。くしゃっと折れ曲がって、少し時間がたった感じだった。そこには鉛筆で、〈思いやれる人〉と書いてあった。この見慣れないていねいな筆跡は、どうやらわが家のJC娘の字じゃないぞ。だれのだろう。いずこの神からの意味深なメッセージなのか。んなわけない。妙に示唆に富む言葉だったのですぐには捨てられず、自分のペンケースに入れておいた。

その日の夜、C学校から帰宅した娘に〈思いやれる人〉付箋を見せ、これはなにかねときいてみた。すると、ああこれ、学校の授業でやったやつだよ。きっと私のシートから落ちたんだね、と答えが帰ってきた。どうやら道徳の課外学習で、いっしょに活動したグループごとに、メンバーのよかったところを付箋に書いて、お互いの名前を書いたシートに貼り合ったらしい。そして授業後、その名前が書かれたシートを各自家に持ち帰ったので、自分の部屋に運ぶ途中で付箋がはがれたのだろうと。

へえ、最近のC学校はそんな授業もやってるんだ。私のC学校時代は、そんなふうに互いのよかったところを考えて書いて伝える授業なんてなかったよ。いいね、その試み。そしてきみは、友達からそんなふうに書いてもらえるような行動をしたのですな。ほお。

付箋をきっかけに思い出す妊婦時代

思いやれる人、という言葉を目にしてふと思い出したことがあった。自分が妊婦だったときのことだ。妊婦の日々は、次々と起こる新しい経験をかみしめる間もなく怒涛のように過ぎ去っていったのだが、妊婦になって知ったことのひとつに、自分の体を自分の思うままに扱えるということがどれだけ恵まれているか、という事実があった。これを実感できたことは、大きかった。


妊娠後期、人目にも明らかに妊娠がわかるような状態になってくると、目いっぱい拡大した子宮の中に3㎏ほどの人間とそれを包む羊水などを格納しながら2本足で歩くというのは、結構な難儀だと知った。なにしろ、体が寝ても覚めてもずどーんと重い。下半身は常にむくみ、だるくなる。でも、膨張する体の持ち主の私の気持ちは、いつもどおり機敏に動きたい。だが、体がそれを許さない。そんな経験をしたのは生まれて初めてだった。


思えば健康な体が思うままに機能するということ自体、なんと素晴らしいことだろう。と同時に、ままならない体になって、初めて実感できた。自分のように動きのゆっくりしている年配者や、あるいは怪我や病気をして動きがスムーズにいかない人に、自然と目がいくようになったのだった。だれだって、機敏に動けるならそれにこしたことはない。でも、そうできない人がたくさんいる。その人たち歯がゆさを、まったく想像できていなかった。それどころか、スーパーマーケットやコンビニで、財布から現金を出すのに時間がかかってしまう年配者の後ろで、ああ、この列に並んで損した、とか思っていた小さい自分。なんて不遜だったんだ。

妊婦時代のとある出来事

妊婦時代のある日のこと。取材先に電車で向かう途中、青山一丁目駅で乗り換えようと階段をよっこらせと歩いていた。臨月手前でおなかも大きかったため、急いでいるつもりでも動きはカタツムリ並みのスローさだった。まわりの人にどんどん追い抜かれていくと、気持ちばかりがあせる。


そのとき目の前で、高齢の男性がゆっくり階段を降りていた。片方の脚が不自由そうで、1段ずつ踏みしめていた。すると自分は、なぜかとっさに駆け寄って(実際はゆっくりだが)、お手伝いしましょうか、ときいていた。いま思うと、あれは見知らぬ土地で同士を見つけたような、お仲間発見的な気持ちだったのかもしれない。その人はびっくりしてこちらを見ると、あれ、あなたも大変ですねと私のおなかに気がつき、言葉を返してくれた。そしてお互いに、しばし笑ったのだった。スローチームなりに頑張りましょうと、エールを送り合うような瞬間だった。そうやって実際に体が思うように動かせない状況を経験しないと、私という人間は、スローに動かざるをえない人に対して声をかけることもなかったのだった。


相手の痛みを本当に知ることはできなくても、想像しようと思うことが大事。それはわかってはいるけれど、なかなか想像してみようと思うことがないのもまた事実。でも、困っている人が何に困っているのかを想像することは、きっと相手を思いやることになるだろう。つらい思いをしている人ほど、それを周囲に言えなかったりする。

妊婦生活から10年以上がたったいまの自分は、そのときほど繊細に他人を思いやることができなくなっているような気がする。〈思いやれる人〉と書かれた黄色い付箋は、そのまま私のペンケースにしまうことにした。

今回の塾前じゃないごはん


「まいたけとエリンギのグリル、ガーリックバゲットのせ」

待ってたよ、きのこの季節。きのこは焼き方しだいで食感が変わりますが、今回はまいたけのカリッと香ばしい部分や、エリンギのジューシーさを意識。コツは唯一、さわらないこと。混ぜながら炒めるのはナシ。きのこをフライパンに並べて塩をふったらひたすら放置です。きのこの水分をじっくりとばしながら、時間をかけて焼くと、香ばしいカリカリ部分とジューシーな部分が生まれます。イメージのもとは、きのこ狩りのあとのきのこの炭火焼き。かるく焼いたバゲットはお皿の代わり。にんにくをたっぷりこすりつけたバゲットにのせ、食べる直前にレモンをぎゅっと絞って酸味をたすのもポイント。

まいたけは食べやすい大きさに手でやさしくほぐす。白い軸に水分がたくさん含まれているから、軸とかさはくっつけてほぐすと、かさが焦げにくい。エリンギは軸の端に包丁でかるく十字の切り目を入れ、かさの方向に手で4つに裂く。フライパンにオリーブオイルを広げ、舞茸とエリンギを並べてから塩をまんべんなんくふり、弱めの中火にかけて並べた状態のまま焼く。その間、バゲットを準備。縦半分に切って軽く焼き、断面に生のにんにくをたっぷりこすりつける。

焼きっぱなしにしていると、きのこの水分が表面に上がり、汗をかいているような状態になってくる。まいたけのほうが先に焼けるので、かさの端がこんがり焼けていい香りがしたら1回だけ返す。さわっていいのはこの1回だけ。あとはそれぞれの様子をみながら、片面7〜8分を目安に返す。焼いたら味をみて、仕上げに塩でととのえる。いい色にこんがり焼けたら完成。焼けたきのこをバゲットにたっぷりのせ、黒こしょうをガリッと。食べる直前にレモンを絞って。ワインがけしからんほどすすむ、初秋の味です。
馬田草織
馬田草織
文筆家・編集者・ポルトガル料理研究家。思春期真っ盛りの女子中学生と2人暮らし。最新刊「ムイトボン! ポルトガルを食べる旅」(産業編集センター)。料理とワインを気軽に楽しむ会「ポルトガル食堂」を主宰。開催日などはインスタグラムからどうぞ。
インスタグラム @badasaori

『馬田草織の塾前じゃないごはん』 毎月第2・第4火曜更新・過去の連載はこちら>>>

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