忘れられた夫特製弁当
息子が高校生になった4月、
夫が突然「弁当はオレが作る!」と宣言した。
それを聞いたとき、私は心の中で薄く微笑んだ。
「どうせ最初の一週間だけだろう」とたかをくくっていたのだ。
しかし、夫は予想に反して毎朝弁当を作り続けた。
その情熱には驚かされたが、
同時に夫は自分用の弁当を家に忘れてしまうことが日常的にあった。
今日は久しぶりに有給をとって、御徒町で買い物をして、一人でランチを楽しむつもりだった。
11時になって、そろそろ出発しようとキッチンを覗くと、
そこには寂しそうに佇む夫特製のお弁当があった。
それはまるで、取り残された犬のように、ただじっと私を見つめていた。
「ああ、こんな哀愁を放つお弁当を目の前にして、私は本当に御徒町へ行けるのだろうか」と、
心の中で呟いた。
しかし、せっかくの有給だ。
家で弁当を食べるなんて考えられない。
私は「帰ってきたら食べるから、しばらく待っててくれ」と、
夫の手作り弁当に別れを告げて、家を出た。
でも、心の奥底では、薄くも深い罪悪感が芽生えていた。
御徒町に着いたが、家にお弁当が残されていることを思うと、
どうにも気持ちが落ち着かない。
娘のスポーツ着、おいしそうなおやつ、目的のものを急いで購入して、早々に家に戻った。
電気も全部消して家を出たので、朝よりもさらに哀愁が漂う孤独な夫特製のお弁当が、静かにそこに待っていた。
私は心の中で、そっと呟いた。「父ちゃん、お弁当は美味しかったよ。でも、もう忘れないであげてね。」
お一人様ランチは、また次の有給までお預けだ。
そんなことを考えながら、私は、ただただ夫の弁当の存在を見つめていた。